前回、前々回と寒さへの形態的適応について記したが、もちろん暑さへの形態的適応もある。
そのひとつが、ラクダのこぶだ。
らくだは炎天下の砂漠を何日間も旅する。
エネルギー源として体脂肪を利用するが、脂肪が全身に沈着していては具合が悪い。
脂肪は熱の不良導体なので、全身に毛布をまとっているような状態になり熱放散を妨げてしまう。
このことを避けるために、ラクダは背中にこぶを作って脂肪を集中させて蓄積している。
暑さへの形態的適応と考えられる。
同時に、背中のこぶは照りつける太陽からの輻射熱をさえぎっている。
ラクダのこぶの中身は何かと学生に聞くと,たまに「水」と答える者がいたが,水ではなくて脂肪がつまっている。
脂肪を分解してエネルギーを作り出している。
脂肪1gが分解すると8kcalのエネルギーが発生する。
炭水化物やたんぱく質の場合よりも多くのエネルギーが得られる。
人間であれば、脂肪1gは速歩きを2分ちょっとできるエネルギーに相当する。
代表的な脂肪酸であるパルミチン酸が分解するときの反応式は以下の通り。
C16H32O2 + 23O2 → 16CO2 + 16H2O + エネルギー
パルミチン酸256gから水288gが生成される計算になる。
言い換えると、背中のこぶで運ぶ脂肪の重さ以上の重さの水を砂漠を旅する中で作り出せることになる。
合理的だ。
ラクダのこぶと同じような形態が人間でも見られる。
アフリカのカラハリ砂漠の付近に居住する部族やインドのアンダマン諸島の住民では、臀部が突出し多量の脂肪が蓄積している成人女性が見受けられる。
旧石器時代のビーナス像の誇張された臀部のようだ。
石のように硬い尻という意味で,脂臀(しでん、steatopygia)と呼ばれている。
これもラクダのこぶと同様に暑さへの形態的適応と解釈されている。
一般的に,恒温動物で暑熱環境に生息しているものでは皮下脂肪を局所的に蓄積し,寒冷環境に生息しているものでは皮下脂肪を全身的に蓄積する傾向がある。
この生態学的な現象をレンシュの法則(Rensch's rule)という。