前回のブログで原子力発電は危ういと記したが,放射性物質の怖さでもある。
原発事故の風評被害などが生じないよう,知識を得ながら放射線を正しく恐れないといけない。
放射線の生体影響のあらましを調べてみたので記しておこう。
放射線が生体に及ぼす影響は各種放射線の性質(線質)により異なる。
人体への吸収線量が同じでも線質が異なると生体影響は必ずしも同じでない。
したがって,異なる放射線の生体影響を比較するときは,吸収線量に各放射線に固有の係数(線質係数quality factor)をかけて比較しなければならない。
線質係数はX線,ガンマ線,ベータ線が1,アルファ線が20,中性子線は5~20でエネルギーにより異なる。
吸収線量に線質係数をかけた量を線量当量dose equivalentという。
線量当量の単位はシーベルトSievelt (Sv)だ。
シーベルトの単位を用いると,被ばくしたときの線質を考えなくても数値が同じならば影響も同じということになる。
幾つかの放射線を混合して被ばくした場合には,それぞれの線量当量を加算できる。
なお,通常はSvの単位では大きすぎるので,ミリシーベルト(mSv)やマイクロシーベルト(μSv)の単位を用いる。
生体は放射線に対してある程度の防御機能をもっている。
放射線によりDNAに損傷が生じた場合,細胞はその損傷を認識してDNAの修復をおこなう。
損傷が大きいときはp53遺伝子が自発的な細胞死(アポトーシス)を誘導し,損傷している細胞を排除する。
しかし,生体に許容量以上の放射線があたると十分な修復がおこなわれずに細胞,組織や臓器のレベルで影響があらわれる。
放射線により基本的に細胞のレベルで損傷を受けることが種々の障害につながる。
放射線を細胞が受けると,電離作用により酵素の機能が低下して細胞分裂が遅れる。
特に遺伝子が損傷してDNAの2本鎖が切断されたとき,その修復を誤って細胞に突然変異,染色体異常,細胞死が生じる。
放射線の生体影響は受けた人にあらわれる身体的影響と,放射線を受けた人の子孫にあらわれるかも知れない遺伝的影響の2つに大きく分けられる。
身体的影響はさらに,影響がすぐに現れる急性影響(障害)と数ヶ月から数年後になって影響が現れる晩発影響の2つに分けられる。
身体的影響については,影響が現れるのに必要な最低の放射線量(閾値,いきち)があり,閾値以上になると影響が現れはじめるとともに症状も重くなる確定的な影響だ。
一方,遺伝的影響やがんのような晩発影響については,必ず影響がでるというのではなく,受ける放射線量が多くなるほど影響のでる可能性が高まる確率的な影響だ。
身体的影響については,受けた線量が同じでも年齢差,性差,個人差があり,胎児や子どもは成人よりも放射線に対する感受性が高いと考えられている。
また,同じ線量でも長期にわたって受けるより一度に受けた方が影響は大きい。
長期にわたって少量ずつ受けた場合は細胞の修復能力が発揮されやすいからだ。
生体影響は放射線の種類によっても異なる。
放射線が通過する道筋に沿って細胞内部を傷つける中性子線やアルファ線は,細胞内部をまばらに傷つけるX線やガンマ線より細胞に及ぼす影響が大きい。
急性影響であらわれる諸症状を急性放射線症acute radiation damageという。
嘔吐,腸の細胞が傷つけられて起きる下痢,造血幹細胞が傷つけられて起きる血球数の減少や出血,毛根の細胞が傷つけられ毛髪が細くなって折れやすくなる脱毛,精巣の細胞が傷つけられて精子数が減少することによる不妊,水晶体前面の細胞が傷つけられて白濁するなどの症状がみられる。
細胞分裂を繰り返している細胞(骨髄や腸の上皮細胞)ほど放射線に弱い。
一般的に放射線の影響は(1)増殖の活発な細胞ほど,(2)将来の分裂回数の大きい細胞ほど,(3)形態および機能的に未分化な細胞ほど,感受性の高いことが知られている。
具体的な線量としては,全身に一度に250mSv以上の放射線を受けると症状があらわれはじめる。
250~500mSvで末梢血中リンパ球の減少がみられ,1000mSvで嘔吐や全身の倦怠感がみられる。
4000mSvの放射線を受けると50%の人が死亡する。
7000mSv以上では全員が死亡する。
局部に一度に放射線を受けた場合についてみると,500mSv以上で水晶体が混濁し,3000mSvで脱毛,5000mSvで白内障や皮膚の紅斑,10000mSv以上では皮膚に急性の潰瘍がみられる。
晩発影響についてはがんや白血病があるが,全身に200mSv以下の放射線では今のところ影響が認められていない。
原爆による放射線を受けた人々の健康影響調査では,200mSv以上の放射線を受けていると線量が多いほどがんになる人が増えている。
また,白血病についても線量が多くなると発生率が高くなるが,1000mSvの放射線を受けている場合で自然発生率の4.4倍となっている。
白血病の発生率は年齢による影響もあり,若いときに被ばくしている人の方が発生率は高い。
妊娠している女性の胎児への影響もある。
広島や長崎で原爆による放射線を受けた例についてみると,妊娠していた女性が100mSv以上の放射線を受けていた場合,重度の精神遅滞児の増加がみられた。
胎児への影響の一般的な閾値として妊娠8~15週に100mSv以上の放射線を受けると重度の精神遅滞児が生まれるおそれがあるとされている。
遺伝的影響についてみると,動物実験では受けた放射線の量が多いほど突然変異などによる障害も増えることが認められている。
人では広島や長崎で生まれた被ばく二世の子どもたちの調査がおこなわれているが,死亡率,染色体異常,遺伝子などについての影響は認められていない。
ただし,国際放射線防護委員会では安全性の観点から人についても放射線の量と遺伝的影響の間には比例関係があるという考え方のもとに防護の基準を設定している。
私たちは日常生活の中でも放射線を浴びている。
集団検診における胸部X線検査では一回につき約0.05mSv,胃部X線検査では一回につき約0.6mSvの放射線を受けている。
カラーテレビの蛍光体などからもX線がある程度発生しており,2m離れて一日に5時間見ると,年間に約0.18mSvの放射線を受けることになる。