先日の3月8日は世界女性デーだった。
私にとっては聞き慣れない日だ。
アメリカで1904年3月8日に女性労働者たちが女性の参政権や労働条件の改善を求めてデモを行ったのをきっかけに、ヨーロッパやロシアにその動きは広がっていった。
3月8日は女性の地位向上を目指すということで国連が1975年に正式に定めた世界的な記念日らしい。
ジェンダー平等にほど遠いのは日本で、レディファーストの欧米では女性がいつも尊重されていると思っていたが、そうでもなかった。
女性の地位向上を図らねばならないというのは世界共通の課題だ。
なぜ、男女で不平等が生じるのか。
私にはジェンダー論の詳しいことはわからないが、生物としての人間が持つ性(さが)が影響しているように思う。
いろいろな生物の雌雄に見られる主として形態的な差異を性的二型という。
雌雄で大きさ、形や色などが違うことだ。
人間では一般的に男の体格が女よりも大きい。
(そもそも、性を男か女かという二元論ですませるのは性の多様性という流れに逆行するが。)
原始社会では、男で骨格や筋肉が大きいことが同性間闘争による配偶者の獲得や狩猟での食料調達に有利に働いただろう。
強いものには弱いものが従わざるをえない。
いきおい、性的二型にともなう性役割として男女間に主従関係を形成したというのは想像に難くない。
このような主従関係が途絶えることなく続き、現代社会ではジェンダー不平等という形で現れているのだろう。
人類が進化するにつれて性的二型はその程度が小さくなっているというが生物学的な発現であり、そのような性差はどうすることもできない。
ジェンダー不平等に対しては文字通り社会的、文化的な男女不平等をなくしていく必要があるが、時間がかかりそうだ。
夫婦間にみられる妻が夫より強いという多くの例は社会にみられる主従関係と逆転しており、ジェンダー平等の可能性を示している。