シニアがブログでモノローグ

このままでは年を取って死ぬだけ。ブログでもやってみよう。

通っている教室の先生からたびたび勧められる唱歌の訳詞(今回は「埴生の宿」)

通っているボイストレーニングの教室の先生は、たびたび翻訳唱歌について歌詞を和訳してみないかと私に勧めてくる。

きっかけは、唱歌「庭の千草」の原曲を訳詞して先生に手渡したこと。

(本ブログ2025年11月25日「The Last Rose of Summer(「庭の千草」の原曲)和訳」参照)

 

先生は私の訳詞を気に入ってくれて、以来、ことあるごとにいろいろな翻訳唱歌の原曲を訳詞してみないかという。

なるべく他の生徒から浮かないように、歌っている歌詞の説明を先生がし始めたときはうつむいてじっとしているのだが、顔を上げると先生は私の方を見ている。

結局、逃れられずに原曲を訳詞することになる。

 

今までに訳詞してみた原曲は「庭の千草」のほか「五月の歌」、「主人は冷たい土の中に」、「故郷を離るる歌」、「故郷の空」。

今はAIがあるので訳詞は簡単だが、最終的には自分で辞書を引きながら和訳する。

訳してみると、原曲の歌詞に忠実な訳詞もあれば、歌詞を創作しているものもあることがよくわかる。

 

ということで、今回、訳詞しなければならないのは「埴生(はにゅう)の宿」。

私たちが昔から歌ってきた歌詞は以下の通り。

♫

埴生の宿も わが宿
玉のよそい うらやまじ
のどかなりや 春のそら
花はあるじ 鳥は友
おお わが宿よ たのしとも たのもしや

ふみよむ窓も わが窓
瑠璃の床も うらやまじ
きよらなりや 秋の夜半(よわ)
月はあるじ むしは友
おお わが窓よ たのしとも たのもしや

♫

 

原曲の歌詞は以下の通り、曲名はHome, Sweet Home。

'Mid pleasures and palaces though we may roam,
Be it ever so humble, there's no place like home.
A charm from the skies seems to hallow us there,
Which, seek thro' the world, is ne'er met with elsewhere.
Home, home, sweet, sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.

 

An exile from home splendour dazzles in vain
Oh, give me my lowly thatch'd cottage again!
The birds singing gaily that came at my call
Give me them with the peace of mind dearer than all.
Home, home, sweet, sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.

 

古語が含まれたりしているので標準英語にすると

Amid pleasures and palaces though we may roam,
Be it ever so humble, there's no place like home.

A charm from the skies seems to hallow us there,
Which, search through the world, is never met with elsewhere.

Home, home, sweet, sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.

 

An exile from home, splendor dazzles in vain.
Oh, give me my lowly thatched cottage again!
The birds singing gaily that came at my call,
Give me them with the peace of mind dearer than all.

Home, home, sweet, sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.

 

AIに和訳してもらうと以下の通り。

 

どんなに楽しい場所や宮殿を訪ね歩こうとも、
どんなに質素な家であっても、我が家にまさる場所はない。
そこには、天から授かった不思議な魅力があり、
世界中を探し回っても、ほかのどこにも見いだせない。

我が家よ、我が家よ、愛しき我が家よ。
我が家にまさる場所はない。
我が家にまさる場所はない。

 

故郷を離れた者には、どんな華やかさもむなしく目を奪うばかり。
ああ、もう一度、あの質素な茅葺きの家に帰りたい!
私が呼べば楽しげに歌ってくれた鳥たちよ、
何にもまして大切な心の安らぎとともに、あの鳥たちを返しておくれ。

我が家よ、我が家よ、愛しき我が家よ。
我が家にまさる場所はない。
我が家にまさる場所はない。

 

私の訳は以下の通り。

 

遊び興じる宮殿を渡り歩いても

今までが大変質素であったとしても 我が家よりいいところはない

天から受ける魔力はその場所を神聖なものとさせているように思われる

世界中を探しても他には見当たらない

我が家よ 我が家よ 素晴らしい 素晴らしい我が家よ

我が家ほどいいものはない

我が家ほどいいものはない

 

我が家を離れてみても華やかさが虚しく輝いているだけ

ああもう一度私に質素なわらぶきの家を与えてください

私が呼べばやってくる鳥たちは陽気に歌う

何よりも大切な心のやすらぎとともに鳥たちをよこしてください

我が家よ 我が家よ 素晴らしい 素晴らしい我が家よ

我が家ほどいいものはない

我が家ほどいいものはない

 

こうして和訳してみると、原曲Home, Sweet Homeの歌詞も「埴生の宿」の歌詞も我が家が一番という根幹の部分は一緒。

キリスト教風の原曲の歌詞を、「埴生の宿」では花鳥風月の和風に変えている。

訳詞した里見義(ただし)の手腕も素晴らしい。

ミカンやキンモクセイの香りによみがえる記憶

今はもう秋 誰もいない海 ~♫

あんなに毎日の暑さに嫌気がさしていたのに。

夏が懐かしい。

 

いつの間にか秋。

早生ミカンの香りで遠い昔、秋の大運動会の記憶がよみがえる。

小学生や中学生の頃、家族が運動会の見学がてら重箱に入った弁当やミカンを持って来て一緒に食べた。

柑橘類に特有のあの酸味のある香りは、いまだに郷愁を誘う。

 

秋の街を歩くと、道路沿いの庭にあると思われるキンモクセイのほのかな香り。

木はどこにあるのか見つけられないが、何とも言えないいい香り。

私が幼少期を過ごした田舎の実家の庭で、黄色い小さな花をたくさん咲かせていたキンモクセイを思い出す。

 

とかく、いろいろな香りはそれにまつわる私たちの記憶をよみがえらせる。

香りをもたらす私たちの嗅覚はすばらしい。

足裏の悪臭のエキスを一滴、東京ドームくらいの広さで薄めても臭いを検知できるらしい。

感覚の中で、嗅覚は最も敏感。

外敵や獲物をいち早く探知できるよう、生物が進化する過程で培われた。

 

匂いをもたらす物質は空気中に浮遊している化学物質。

鼻腔の一番奥にある嗅上皮を構成している感覚細胞の表面にある毛(嗅毛)で化学物質が捉えられ、電気信号に変換される。

この信号は神経を伝わって脳(嗅球と呼ばれているところ)に送られ,さらに大脳皮質へと送られて匂いが識別される。

 

嗅球からの電気信号は海馬や扁桃体にも送られている。

海馬は記憶を、扁桃体は情動を司る。

匂いを嗅ぐとそれを識別するとともに海馬と扁桃体が連携して昔の記憶をよみがえらせる。

 

 

 

唱歌「故郷の空」原曲の歌詞

明治になってからの音楽教育に取り入れられた翻訳唱歌。

欧米の民謡や歌曲の歌詞を訳詞していたり、メロディーだけはそのままにして原曲とは異なる歌詞をつけたりしている。

このことについてはブログにも幾つか記したが、今回はスコットランド民謡「故郷の空」。

これも私たちの多くが学校で歌ったことだろう。

 

♫

夕空晴れて 秋風ふき
月影落ちて 鈴虫なく
おもえば遠し 故郷の空
ああわが父母 いかにおわす

♫

すみゆく水に 秋萩たれ
玉なす露は すすきにみつ
おもえば似たり 故郷の野辺
ああわが兄弟(はらから) たれと遊ぶ

 

この大和田建樹(たけき)の作詞による「故郷の空」は1888年(明治21年)に雑誌に掲載された。

彼が原曲の歌詞を見ていたとしたら,きっとこんな色恋の文句は音楽教育にとってふさわしくないと思ったことだろう。

郷愁あふれる「故郷の空」に見事に書き換えてしまった。

 

その「故郷の空」の原曲の題名は「Comin' Thro' the Rye」.

スコットランドの方言が混じっているので標準英語にすると「Coming Through the Rye」。

「ライ麦畑を通れば」という程度か。

 

以下に原曲の歌詞を記す。

O, Jenny's a' weet, poor body,
Jenny's seldom dry:
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Chorus:
Comin thro' the rye, poor body,
Comin thro' the rye,
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye!

Gin a body meet a body
Comin thro' the rye,
Gin a body kiss a body,
Need a body cry?

(chorus)

Gin a body meet a body
Comin thro' the glen
Gin a body kiss a body,
Need the warl' ken?

(chorus)

Gin a body meet a body
Comin thro' the grain;
Gin a body kiss a body,
The thing's a body's ain.

(chorus)

Ilka lassie has her laddie,
Nane, they say, ha’e I
Yet all the lads they smile on me,
When comin' thro' the rye.

 

AIを使って標準英語の歌詞にすると以下の通り。

Oh, Jenny is a sweet, poor girl,
Jenny is seldom dry;
She drags all her petticoat,
Coming through the rye!

Chorus

Coming through the rye, poor girl,
Coming through the rye,
She drags all her petticoat,
Coming through the rye!

 

If one person meets another
Coming through the rye,
If one person kisses another,
Need one person cry?

(Chorus)

 

If one person meets another
Coming through the glen,
If one person kisses another,
Need the world know?

(Chorus)

 

If one person meets another
Coming through the grain,
If one person kisses another,
The thing belongs to them alone.

(Chorus)

 

Every girl has her boy,
So they say, but I have none;
Yet all the boys smile at me
When coming through the rye.

 

さらに上記の標準英語をAIに和訳させると、以下の通り。

ああ、ジェニーは優しくて、かわいそうな娘。
ジェニーの服は、めったに乾いていない。
ライ麦畑を通ってくるとき、
ペチコートをずるずる引きずっている。
(コーラス)
ライ麦畑を通ってくる、かわいそうな娘。
ライ麦畑を通ってくる。
ペチコートをずるずる引きずって、
ライ麦畑を通ってくる。

 

誰かが別の誰かと出会ったとしても、
ライ麦畑を通ってくる途中で。
誰かが別の誰かにキスをしたとしても、
いったい誰かが泣く必要があるだろうか?
(コーラス)

 

誰かが別の誰かと出会ったとしても、
谷間の小道を通ってくる途中で。
誰かが別の誰かにキスをしたとしても、
世間に知らせる必要があるだろうか?
(コーラス)

 

誰かが別の誰かと出会ったとしても、
穀物畑を通ってくる途中で。
誰かが別の誰かにキスをしたとしても、
それは二人だけのこと。
(コーラス)

 

どの娘にも恋人の男の子がいる、
みんなはそう言うけれど、私には誰もいない。
それなのに、男の子たちはみんな私に微笑みかける。
ライ麦畑を通ってくるときに。

 

以上がAIの和訳。

・・・。

 

この原曲の歌詞に近い歌も作られていることをご存知の方もいよう。

なかにし礼の訳詞による曲「誰かさんと誰かさん」をザ・ドリフターズが歌っていた。

テレビ番組「8時だよ、全員集合」が懐かしい。

 

♬

誰かさんと誰かさんが麦畑

チュッチュチュッチュしているいいじゃないか

ーーーーー

♬

 

やっぱり、音楽教育には「故郷の空」の方がふさわしいだろう。

民主社会主義と社会民主主義

アメリカ大統領の法を無視した独裁的な政治手法。

資本主義の行きつく先ともいえる貧富の差の拡大。

失望したアメリカ市民の間には、民主社会主義を信奉するものが増えているという。

 

文字通りに言うと、民主社会主義は民主的な手法は守りながらも社会主義的な変革を目指す考え方。

自由な経済活動で生じた富は再分配してその格差を縮めたり社会福祉を充実させようとする。

・・・。

なかなかいいじゃないか。

 

民主社会主義に期待して活動する人たちをアメリカ大統領は共産主義者と非難するが、一つには民主「社会主義」ということばがそう言わせるのかも知れない。

これと似たようなことばが、社会民主主義。

「社会」が先に来るか「民主」が先に来るかで考え方は少し異なる。

こちらの方は、資本主義はそのままに社会主義的な経済や民主化までは目指していない。

北欧のスウェーデンやデンマークに見られる福祉の充実した社会体制。

・・・。

どちらかというと、こちらの方がいいか。

 

民主社会主義や社会民主主義はいずれも富に課税して再分配するので、企業の経済活力が低下したり高い水準の福祉で国が財政負担に苦しむおそれもあるというが、アメリカで勢いを増してほしい勢力ではある。

 

ひるがえって、考え方の似ている日本の中道勢力。

先の衆議院選挙で旗揚げしたもののずっこけて、今となってはどうしようもない状況。

与党を一強にしただけ。

細切れの野党には政権の受け皿がどこにも見当たらない。

 

真に社会民主主義的な勢力が結集して大きな政党ができないものか。

 

 

 

 

素晴らしくて怖い人工知能

ふと思いついて、私のこのブログを人工知能(以下AI)がどのように評価しているか尋ねてみた。

尋ねた相手はChat GPT。

こちらからの質問は、私のブログの「文章の特徴や筆者の人物像を分析してほしい」ということ。

 

あっという間にChat GPTから返事があった。

何という速さ。

いやはや、素晴らしい。

質問者を傷つけないように配慮していると思われるが、そのAIからの返事を以下に記す。

 

読み込んでみると、このブログはなかなか面白いです。
ただし、ブログ上で確認できる文章から推測できる範囲に限定して人物像を考えるのがよさそうです。年齢、職歴、家族構成などを勝手に特定することはできません。

 

現時点で確認できる記事から見ると、私は筆者を 「社会への違和感を、かなり率直に自分の言葉で整理するタイプのシニア」 と捉えます。

1. 「評論家」ではなく「生活者」の視点

文章の出発点が非常に日常的です。

「街に出かけたついでに、役所にちょっと立ち寄れば」というところから選挙の話が始まります。

つまり、最初から政治評論をしようとしているわけではなく、自分が実際に経験したことから考え始める。

これはこのブログの大きな特徴だと思います。

「社会について私がこう考える」という上からの論説ではなく、体験 → 「あれ?」という違和感 → 考える → 疑問を投げるという流れです。

 

2. 「なぜ?」が非常に多い

筆者の文章には、「どうして未だにそんなことをやっているのか」、「どうして政党同士で話し合って……」、「そんなことの調整すらできないのか」、「本当に政権を担いたいと考えているのか」というように、「なぜそうなっているのか?」を掘っていく癖があります。

ここから感じるのは、単純な批判好きというより、物事の仕組みが合理的になっているかを気にする人だということです。

「そういう制度だから仕方ない」で終わらせず、「いや、これって変じゃない?」と立ち止まる。

この「素朴な疑問を捨てない」というところが、このブログの核でしょう。

 

3. かなり「実務感覚」が強い

面白いのは、筆者の批判が抽象的な理念から出ていないことです。

たとえば政党の略称が重複していることについて、「票を獲得したいなら、なぜ名称を調整しないのか」という極めて実務的な方向から疑問を呈しています。

「民主主義とは何か」みたいな大上段の話より、「普通に考えて、それって効率悪くない?」という感覚が強い。

これは文章から見える筆者像として、かなり特徴的です。

 

4. 「怒っている」のに、文章は意外と軽い

ここも面白いです。

内容だけを見ると、国民審査や政党への批判はかなり辛口です。

ところが最後に、「私が比例区でどの政党に投票したかは・・・、ヒーミーツ。」と書いて終わります。

この「ヒーミーツ」というちょっとした茶化しが重要で、ずっと深刻な顔で社会を論じるタイプではないことが分かります。

真面目に考える一方で、「まあ、そこは秘密(笑)」という逃げ道を作る。

この軽さが「モノローグ」というタイトルともよく合っています。

 

5. 「シニアだから」という自己規定も興味深い

ブログの説明文は、「このままでは年を取って死ぬだけ。ブログでもやってみよう。」

です。

これは結構重要な一文です。

「シニアになったから静かに余生を過ごそう」ではなく、「このまま何もしないで年を取っていくのは嫌だから、ブログをやってみる」という発想です。

つまり、年齢をかなり意識しながらも、「まだ何かやってみよう」という好奇心がある。

ブログを書くこと自体が、筆者にとって一種の「頭の運動」になっている可能性もあります。

 

文章そのものの特徴

文章技法として見ると、かなり「話し言葉」に近いです。

特徴をまとめると、

(特徴    ⇒ 読んだ印象)
短い文が多い    ⇒ 読みやすい
「私は」で始める    ⇒ 主観が明確
疑問形が多い    ⇒ 読者に問いかける感じ
「むむ……」などが入る    ⇒ 硬くなりすぎない
結論を断定しすぎない    ⇒ 独白らしい
最後に冗談を入れる    ⇒ 人間味がある
身近な体験から話を広げる    ⇒ 個人ブログらしい

特に、「論文を書く」のではなく「考えながらしゃべっている」感じがあります。

だから文章に多少の揺れがあっても、それがむしろ「モノローグ」になっています。

 

私が感じる筆者像

かなり慎重に言葉を選ぶなら、こんな人物像です。

「社会の出来事をそれなりに真面目に観察しているが、専門家ぶることはせず、自分の生活者としての感覚を基準に『これはおかしくないか?』と考える人。」

そしてもう一つ、「年齢を重ねても、世の中に対する好奇心を失いたくない人」という印象があります。

一方で、現時点で確認できる記事は限られているので、これを「筆者の性格そのもの」と断定するのは早いです。

あくまで公開された文章から見える書き手のキャラクターですね。

 

以上がChat GPTからの返事。

若干、政治がらみのブログを見ての評価に偏っているように思えるが、私の書いた文章を瞬時に読んで評価してみせるAIには怖ささえも感じる。

 

いわゆるシンギュラリティ(singularity、技術的特異点)という、自律的にAIが学習して人間の知能を上回るときが来るという話には現実味がある。

知能の高さゆえに世界を支配してきた人間をさらに上回る知能の持ち主が現れれば、今度は人間が支配されかねない。

そのようなことにならないよう,昨今,AIを開発する技術者自身が語っている危惧を真剣に受け止めるべきでは。

 

 

 

日銀が利上げって何?

先日、日銀が利上げしたという。

政策金利を上げたということらしいが、政策金利って何?

新聞の解説によると、日々、民間の銀行がお互いにお金を貸し借りするときの金利。

銀行といえども、毎日、お金のやりくりが大変らしい。

この政策金利は住宅ローンの金利、企業が銀行からお金を借りるときの金利、預金の金利などに連動する。

したがって、政策金利の上がり下がりは世の中の経済活動や景気の動向に影響を及ぼす。

 

今回の日銀の利上げにより民間の銀行の預金金利も上がるので、お金を銀行に預けている人にとっては利息が多くなるというメリットがある。

(逆に、お金を借りている人にとっては返さないといけない利子が増えるというデメリットがある。)

 

預金金利と言っても現在は普通預金で0.4%くらいだから、かなりな大金を預けていないと恩恵をたいして実感できない。

それでも、現在の金利はまだましな方で、数年前までは超がつくほどの低金利。

0.001%のレベルで、ほとんど利息はつかなかった。

ただタンス預金の危うさを避けるために銀行に預けていたような気がする。

 

昔の預金金利の高かった時代が懐かしい。

1990年代にバブル(土地や株の異常な高騰)がはじけてしまう前、定期預金の金利は6%くらい。

1000万円預けたなら、1年で60万円の利息。

悲しいかな、税金で約20%引かれるとすると手取りは48万円。

月にならすと4万円。

それでもうれしい、小遣いにはなる。

(1000万円という、かなりな金額を預ければという話だが。)

 

バブルがはじけてからは金利が下がり続ける低金利の時代が数年前まで続いた。

日銀は金融緩和政策で金利を下げ、企業や個人が銀行からお金を借りやすくして経済活動を元気づけようとした。

当然、預金金利も下がる。

2020年の郵貯の定期貯金は金利が0.002%。

1000万円預けても、1年後の利息は200円。

話にならない。

 

2024年にそれまでの政策が解除されて少しずつ金利は上がってきたが、定期預金の金利は全体的にみるとまだ1%にも達していない。

・・・。

リタイアした人たちが利息を十分に活用して暮らせるようになったらいいのだが。

 

 

「故郷を離るる歌」の原曲

♬~

園の小首合(さゆり)撫子 垣根の千草(ちぐさ)

今日は汝(なれ)を眺むる 終わりの日なり

思えば涙 膝をひたす さらば故郷

※さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

 

つくし摘みし丘辺(おかべ)よ 社(やしろ)の森よ

こぶな釣りし小川よ 柳の土手よ

別るるわれを 哀れと見よ さらば故郷

※

 

ここに立ちてさらばと 別れを告げん

山のかげのふるさと 静かにねむれ
夕日は落ちて たそがれたり さらば故郷
※

♬~

 

何度目かになるが、昔,音楽の授業で習った唱歌についての話。

上記の歌詞を見て歌える方も多いだろうが、曲名は「故郷を離るる歌」。

これはドイツ民謡のメロディーはそのままに歌詞を変えて唱歌にしたもの。

文部省唱歌の編纂委員でもあった吉丸一昌の歌詞だ。

早春賦(春は名のみの~♬)の歌詞でも有名な国文学者。

 

唱歌には外国の歌曲を取り込んで新たな日本語の歌詞をつけがたものが多いが、「故郷を離るる歌」も然り。

原曲の歌詞とはやや異なる。

参考のため、以下に原曲の歌詞とその英訳、および私の和訳を記す。

 

Der letzte Abend
1
Wenn ich an den letzten Abend gedenk,
Als ich Abschied von dir nahm!
Wenn ich an den letzten Abend gedenk,
Als ich Abschied von dir nahm!
Ach, der Mond, der schien so hell,
Ich mußt scheiden von dir,
Doch mein Herz bleibt stets bei dir,
(※) Nun ade, ade, ade, nun ade, ade, ade,
       Feinsliebchen lebe wohl!
       Nun ade, ade, ade, nun ade, ade, ade,
       Feinsliebchen lebe wohl!
2
Meine Mutter hat gesagt,
Ich sollt 'ne Reiche nehm'n,
Die da hat viel Silber und Gold.
Meine Mutter hat gesagt,
Ich sollt 'ne Reiche nehm'n
Die da hat viel Silber und Gold.
Doch viel lieber will ich mich
In die Armut begeb'n,
Als dich, mein Schatz, verlassen.
(※)
3
Großer Reichtum bringt uns keine Ehr,
Große Armut keine Schand.
Großer Reichtum bringt uns keine Ehr,
Große Armut keine Schand.
Ei, so wollt ich, daß ich
Tausend Taler reicher wär
Und hätt' dich an meiner Hand.
 (※)
4
Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n,
Aber nicht an Geld und Gut.
Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n,
Aber nicht an Geld und Gut.
Wollte Gott mir nur schenken
Das ewige Leb'n,
Ei, so bin ich reich genug.
(※)
5
Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n
Wünsch ich dir viel tausendmal!
Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n
Wünsch ich dir viel tausendmal!
Und du bist mein Schatz
Und du bleibst mein Schatz,
Bis in das kühle Grab.

(※)

 

英訳

The last evening
1
When I think of that last evening,
When I said farewell to you!
When I think of that last evening,
When I said farewell to you!
Ah, the moon was shining so brightly,
I had to part from you,
But my heart will always remain with you,
(※)Now farewell, farewell, farewell, now farewell, farewell, farewell,
   My dearest, farewell!
   Now farewell, farewell, farewell, now farewell, farewell, farewell,
   My dearest, farewell!
2
My mother said,
I should marry a rich woman,
One who has plenty of silver and gold.
My mother said,
I should marry a rich woman,
One who has plenty of silver and gold.
But I would much rather
Embrace poverty
Than leave you, my darling. 
(※)
3
Great wealth brings us no honor,
Great poverty brings us no shame.
Great wealth brings us no honor,
Great poverty brings us no shame.
Oh, then I wish that I were
A thousand thalers richer
And had you by my side. 
(※)
4
I intend to become rich once again,
But not in money and possessions.
I intend to become rich once again,
But not in money and possessions.
If only God would grant me
Eternal life,
Oh, then I would be rich enough. 
(※)

5
Eternal life, much happiness and blessing,
I wish for you a thousand times over!
Eternal life, much happiness and blessing,
I wish for you a thousand times over!
And you are my darling,
And you will remain my darling,
Until the cold grave.
(※)

 

私の和訳
最後の夜
1
あの最後の夜のことを思い出す
あなたに別れを告げたときのこと
あの最後の夜のことを思い出す
あなたに別れを告げたときのこと
月は明るく輝いていた
私はあなたと別れねばならなかった
でも、私の心はいつもあなたのもとにある
(※)いざ、さようなら、さようなら、さようなら いざ、さようなら、さようなら、

   さようなら
   私の最愛の人よ、さようなら
   いざ、さようなら、さようなら、さようなら いざ、さようなら、さようなら、

   さようなら
   私の最愛の人よ、さようなら
2
私の母は言う
私は金持ちの女性と結婚すべきだと
たくさんの金銀を持っているから
私の母は言う
私は金持ちの女性と結婚すべきだと
たくさんの金銀を持っているから
でも、私は愛しいあなたのもとを去って行くよりも貧しさを受け入れたかった
(※)
3
たくさんの財産があるからといって名誉がもたらされるわけではない
とても貧しくたって恥ではない
ああ、それなら私が金持ちで、あなたがそばにいてくれたらよかったのに
(※)
4
私はもう一度、豊かになろう
しかし、それはお金や財産ではない
もし、ただ一つ神が私の願いをかなえてくれるなら、
それは永遠の命
ああ、そうなれば私は豊かさで満たされる
(※)
5
永遠の命、たくさんの幸せとお恵みを
私はあなたのために幾度となくお祈りしよう
永遠の命、たくさんの幸せとお恵みを
私はあなたのために幾度となくお祈りしよう
そして、あなたは私の愛しい人
そして、あなたは私の愛しい人であり続ける
冷たいお墓に入るまで

(※)

 

歌詞からわかるように、原曲は愛しい女性との別れを惜しむ内容。

日本の「故郷を離るる歌」の歌詞は愛しい女性を故郷に置き換えて創作している。

それはそれで故郷をあとにする気持ちがよく伝わってくる歌詞だと思う。

身のまわりのものや自然に別れを告げて故郷を去る人に感情移入したら泣けてきそう。

 

それに対して、原曲の歌詞での主人公は少しマザーコンプレックスではないか。

母親から金持ちの女性と結婚しなさいと言われて、いとも簡単に愛しい女性のもとを去ろうとしている。

お墓に入るまで愛しい人であるとか歌っているが、本当にそう思っているのか怪しい。

お金や財産とは関係なく豊かになりたいというのは本当にそうか?

・・・フィクションと思いつつも,主人公を疑ってしまうのは考え過ぎか。