前回のブログでオーサーシップについて記したが、論文の共著者になるということは自分の研究業績として扱えるということだ。
論文は研究活動について自己評価するときの根拠になる。
国立大学は2004年に法人化されてからというもの、個人や大学全体が頻繁に自己評価を求められることになった。
個人の自己評価は教育、研究、社会貢献、管理運営といった観点からなされる。
教育と研究は昔から大学としての使命の2本柱であったが、法人化されてからは社会貢献や大学の管理運営についても評価されるようになった。
社会貢献は公開講座や学外での委員としての活動などが評価される。
管理運営は学内のさまざまな委員会や組織の長として活動していることなどが評価される。
管理運営が評価の対象になってからは、トップダウンの運営体制の強化が国から促されたこともあって、教育研究によりも学内政治に熱を入れる同僚たちが現れてきたように感じた。
国立大学は法人化されたことにより自主性が求められて財政も自分たちでやり繰りする必要性が生じた。
研究するために外部資金の獲得が求められることはもとより、お客様である学生を迎え入れるために大学を宣伝することがごく普通に行われるようになった。
国立大学をメディアや高校で宣伝するなど、昔は考えられなかった。
昔の国立大学は文部科学省の内部組織であった。
国家公務員削減という時代の波を迎えていたこともあって国立大学は法人となり、国の組織からは切り離されたが、引き続き財政支援を受けている。
文部科学省は各大学が努力した成果を評価しながら運営費交付金という名目の資金を各大学に与えている。
しかし、その運営費交付金は年々減らされてきた。
研究費にしわ寄せがきている。
今、大学で働いている人たちは自己評価や外部資金の獲得に追われている。
すぐに成果を出せるような研究の方が都合がいい。
良くも悪くも昔のように時間をかけて物事を探索するような雰囲気ではなくなったようだ。