衛生統計の話が少し長くなったが,もう一つだけ記しておこう。
下表は最近の人口動態統計(2018年)から家庭内における不慮の事故の死亡者数をまとめたものだ。
普段は不慮の事故とか言わないだろうが,統計用語だ。
(先輩の某先生に依頼されて作成した表を拝借している。)
一年間で家庭内事故の死亡者総数は約1万5千人となっているが、最下欄に参考のために示している交通事故による死亡者総数の約3倍だ。
外出して交通事故を心配する以上に、家の中にいるときの事故を心配しなければならない。
家庭内事故による死亡者の9割近くは65歳以上だから,シニアを自認する方々は要注意。
表の中に家庭内事故の主なものを列挙している。
転倒・転落も65歳以上が多い。
老化は足(脚)からというが、足腰が弱ってくると転びやすい。
窒息は食べ物をのどにつまらせての死亡で、やはり、お年寄りが多い。
嚥下機能が衰えないように鍛えておこう。
パパパパパ、タタタタタ、カカカカカ、ラララララ、パパパパパ、・・・。
火事で逃げ遅れて亡くなるお年寄りも多いが,テレビのニュースなどでも時々報道されて痛ましい。
しかし,表をみてわかるように、何といっても家庭内事故による死亡で一番多いのが溺死(溺水)だ。
溺死と溺水の違いは24時間以内に死亡した場合を溺死,1日以上経過して合併症なども起こして死亡した場合を溺水と使い分けている。
家庭内で溺死(溺水)が発生するのは浴室。
65歳以上の死亡者が大部分を占めている。
統計上の死亡者数は年間5~6千人となっているが,病死として報告されているものが相当程度あり,それらを加えると年間に1万数千人が浴室で死亡していると考えられている。
由々しき事態であり,近年、入浴死亡事故は注目されている。
世界的にみても、日本人の入浴死亡事故は特に多い。
シャワーだけで済ませればいいが,多くの日本人は浴槽で肩まで浸かりたがる。
おまけに家庭での入浴は単独行動がほとんどで,事故が起きても発見が遅れてしまう。
浴室環境や入浴行動は私たちのからだに大きなストレスを与えることを知っておくべきだ。
入浴死亡事故の原因については以下のようなことが考えられる。
(1)浴室が寒いと血圧が上昇し,脳出血や心臓発作のリスクとなる。日本の家屋では浴室が冬場に寒くなりがち。
(2)入浴すると皮膚血流が増加して血圧が低下し、脳は虚血状態になる(→意識障害→水没)。
(3)入浴時間が長いと発汗で血液の粘性が高まり,脳梗塞や心筋梗塞のリスクとなる。
(4)水圧で下肢に血液が貯まらない(→静脈還流の増加→心臓に負担)。
(5)水圧で胸郭が圧迫される(→横隔膜挙上→呼吸や肺の血流に負荷)。
(6)浴槽から出るときの立位動作(→起立性低血圧→脳貧血→意識障害→水没)。
上記の(2)や(3)は熱中症と同様だ。
入浴前後に水分補給しておいた方がよい。
入浴調査をしばらく行っていたことがあるが、入浴事故死亡率の低い地域の調査から得られた安全な入浴方法について記そう。
(1)お年寄りは、なるべく入浴の回数を少なくする(1日おきで月に15回程度の入浴)。
(2)浴室や浴槽の中にいる時間を短くする(15分以内に入浴を終える)。
(3)浴室が寒くないようにする(室温を15℃以上にする)。
上記の3つにはいずれも15という数字が入っている。
安全な入浴のための「メソッド・フィフティーン」と名づけたら、仰々しいか?
入浴を楽しみにしている方はたくさんいらっしゃるだろうが、特にお年寄りについては危険と隣り合わせということをいつも頭に入れておくべきだろう。