春は入学シーズン。
半世紀前の話だが、私は田舎の高校から都会にある大学に入学した。
大学の入学式にあわせて、父と一緒に汽車に乗って都会に足を踏み入れた。
父は末っ子の私への最後のお勤めと思ったのか、自らの意思で入学式についてきてくれた。
入学式も無事終わり、父は帰りの汽車に乗るために一人バスで駅へ向かった。
大学で別れた後に気づいたが、私は父に何の挨拶もしていなかった。
わざわざ入学式に来てくれたのでお礼ぐらいは言おうと思い直し、私も父の後を追ってバスで駅へ向かうことにした。
ところが、不案内なために私が乗ったのは遠回りして駅に行くバスだった。
間に合うだろうかとバスの中でやきもきしながら駅に着いた。
急いでホームに駆け上がると、幸いにも出発直前で座席に座って新聞を広げている父を見つけることができた。
窓ガラス越しに目と目が合って、私が少し手をあげたくらいだったのではないか。
窓を開けてお礼が言えたのかまでは覚えていない。
ともあれ、どうにか父が帰るのを見送ることができた。
ささやかな出来事ではあったが、遠く離れた大学への入学などは私たちが親から離れていく一つのきっかけになる。
その約3か月後、父は急逝した。